社会・政治系の読書記録

院生の個人的な読書記録です。専門外のものばかり読むこともあって、全体的にかなり拙いです。

中沢新一『対称性人類学』

初の記事ですが、このブログ自体が僕の個人的な読書の記録とでも言うべきものですので、特にこれ以上ブログの趣旨や方針等は説明せず、早速本の記録を記します。
 
中沢新一氏の『対称性人類学』ですが、めちゃくちゃ面白かったです。なんというか、自分の中でバラバラになっていたものが、1つにまとめあげられていくのを感じました。なお、本書は筆者の専門分野とは程遠い領域について議論しており、こういう話に関して筆者はずぶの素人です。おそらく内容の理解にもかなり誤謬がありますので、以下はそれを念頭に置いて読んでいただければと思います。
 

 

 
恥ずかしながら、著者の中沢氏については名前を聞いたことがある(主として東大駒場騒動絡みで…)という程度でした。人類学者だという認識でいいんでしょうか?しかしまあ本書を読む限りでは、単なる人類学者ではなく、人類に関する現象ならなんでも分析してしまうとった感じですかね。
 
本書はカイエ・ソバージュという全5巻のシリーズもののうちの、最終巻(第5巻)です。シリーズにおける役割分担としては、いわば理論編というべき部分になっています。
 
まず「二項操作」あるいは「二項論理」という概念が登場します。これは、例えば「神」と「人」、「人間」と「動物」、「男」と「女」のように、物事を相対立する2項に分類して世界を捉える思考様式のこと、と言えばいいでしょうか。著者によると、この発想は、人類に共通の普遍的な枠組みだということです。
 
次に、「対称性の論理」と「非対称性の論理」という区別が導入されます。この概念は、著者の理論の根幹と言えるものです。「対称性の論理」とは、先述の二項操作に関して、対立項同士を重なり合うものと捉える思考様式のことを指します。これは古代の神話や習俗によく見られる発想で、例えば半獣半人の神、あるいは怪物などといった発想は、世界中で見られます。一方で「非対称性の論理」というのは、二項操作における対立項同士を相互に排他的なものとして捉える思考様式です。これは近代以降の合理的な思考の枠組みにおいて特に目立ちますが、その淵源は「神」と「人」との絶対的な断絶を強調する一神教の考え方にあるといいます。
 
さて、著者は「対称性の論理」の重要性を説き、現代におけるその復興を目指すべきだとします。著者によると、人間にとって「対称性の論理」は本質的なものです。ホモ・サピエンスとそれ以前の類人猿の最大の違いは、「対称性の論理」の存在です。ホモ・サピエンスはそれ以前の類人猿と異なり、神話や芸術を産みました。これらは基本的に「対称性の論理」の産物です。またフロイトが指摘した「無意識」も、「対称性の論理」の世界です。思ってみれば、「コンプレックス」は英語で複合物という意味ですが、これは対立項同士が重なり合う形でゴチャゴチャになっているものだと思えばいいかもしれませんね。このゴチャゴチャがあまりに大きくなると、「現実」と「非現実」が重なり合い、分裂症的な傾向が出てくるのかもしれません。
 
本書の面白い点は、「対称性の論理」という概念で様々な現象をまとめて説明してしまう豪快さではないでしょうか。神話と心理、あるいは贈与等が同一の概念で説明されていますし、対称性の裏返しとしての「非対称性の論理」で現代社会の思考様式が説明されてしまいます。バラバラに存在していたものが全部括りあげられるのを感じました。
 
個人的に考えたことは、本書の概念で「社会学的想像力」も説明できるのではないかということです。「社会学的想像力」はライト・ミルズの言葉で、大雑把に言うと個人的な事象を社会の文脈で捉えるということでしょうか。例えばある人が何か困った状態にある。個人主義的な発想では、その原因はその人自身の無能や怠惰に求められる。しかし、本当にその人個人の問題なのか。むしろ、その人の能力やモチベーション等を規定する社会構造の方に問題があるのではないか。こうした発想を支える能力が「社会学的想像力」です。この能力は、「社会」と「個人」を重ねていますから、「対称性の論理」と言えそうです。しかし、「非対称性の論理」がドミナント現代社会では、「社会学的想像力」も働きにくいですから、なんでも自己責任という話になってしまう。こういった議論にも、本書の概念は応用できるのではないかと思いました。
 
こういう色んなものを総合する能力は見習いたいところです。著者は南方熊楠折口信夫のうに、いろんなものを重ね合わせて共通項を括り出すこと、ようするに物事を総合して考えることが得意な人と、逆に物事をバラバラにほぐして分析してみせるのが得意な人とがいると言いますが、僕はどちらかというと後者なんですよね。概念をちまちま分解することの方が好みに合う。しかしまあ、分析と総合が合わさって新しいものが生まれるわけですから、著者の総合力から大いに見習いたいところ。
 
最後に、本書のよくわからなかった点など。なにより用語法がイマイチしっくりきませんでした。「対称性」・「非対称性」という用語の意図がいまひとつ理解できなかった…。なぜこれを「対称性」などと呼ぶのだろう。もう少ししっかり読んで把握しないといけないですね。また、本書はシリーズもののうちの一冊ですから、そのうち全て読んでみたいところです。